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本日帰国します。
今までバタバタしていて、なかなかブログが更新できませんでした。
明日から日本で羽を伸ばしまーす!

あ、単に免許証の期限が切れたので、書き換えに行くだけなのですが。
1年半も里帰りしていなかったから、いい機会かしら・・・と3週間の滞在です。

2週間前に、アリタリアのサイトで、なんと450€代でチケットをゲットできたので、今回は初の乗り継ぎなしのダイレクト帰国。あぁ、今までダイレクトに帰ったことがなかったので、このたびは、すごくうれしいです。

それでは、また日本からブログを更新しますね。

                                            butako
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by butako170 | 2010-01-29 17:24 | 報告
マンマの手作りパスタ
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先日、隣町に住む友人ルチャーナ宅に遊びに行きました。
来月末からbutakoがはじめる料理教室&グルメツアーで、先生をしてくれるルチャーナは、いつも笑顔が絶えない明るいマンマです。

でも、そんな笑顔の奥から人生の機微も見え隠れして。
そのときの様子が、アマレーナのブログに掲載されていますので、ご覧下さいませませ。


                                               butako
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by butako170 | 2010-01-26 06:29 | ウンブリア料理
聖アントニオとブタ
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1月の聖人といえば聖アントニオでしょう。


でもちょっと待って。聖アントニオといっても、イタリア北部中南部では、指し示す聖人が異なるので注意です。
我々中南部で人気の聖人は、サンタントニオ・アバーテ(Sant’Antonio Abate)と言います。アバーテとは聖職者、大修道院長という意味なので、聖アントニオ大神父さまといったところですね。対する北部で人気なのは、サンタントニオ・ディ・パドバ(パドバのアントニオ聖人)で、これはまったく別の聖人になります。

1月17日は聖アントニオ大神父のフェスタの日。(以降、聖アントニオに省略します)
彼は家畜の守護聖人。彼のフレスコ画を見ると、いつもブタを脇に連れ、先の曲がった杖を持っています。そして白いヒゲを豊かに蓄えた、どっしり構えた容貌が特徴です。

1月17日になると、家畜の守護聖人にあやかって、都市や田舎街の教会は、祝福を受けるために集まった犬や家畜、そしてその飼い主たちでごった返します
都市部の教会前の広場は、飼い主と犬のたまり場になるので、普段見慣れないただならぬ光景にびっくり。思わず足を止めてしまいますね。
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これが田舎街になるとどうか、と言えば、犬を連れて行く人もいるのですが、豚や牛を伴う場合もあります。たとえば、山深いヴァルネリーナ地区の大奥に座すカッシャ(Cascia)という街では、聖アントニオの日には、人と家畜が入り乱れて、町中がお祭り騒ぎ。
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午前中は、司祭を先頭に家畜の行進が行われ、街の教会にたどり着くと祝福を受けます。普段は谷の奥に引込んで静かに暮らす酪農家たちも、わが家畜のための“ハレの日”とばかり、ちょっと誇らしげ。

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また家畜の多くいる村だけど、このようなセレモニーは行わず簡略化している街も多くあります。たとえば、マルケ州のモイエ(Moie)では、聖アントニオの日に教会でお布施と引き換えにパンをもらい、それを我が家の家畜に与えることで、祝福を受けます。
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え?ということは、この丸パンは、教会の正餐式の聖体と同じ?
ちょっと乱暴だなぁ、と思いますが、カトリックである自分たち(神の子とでもいいましょうか)の所有する家畜は、当然神の家畜なわけです。だから聖なるパンを牛やブタが食べるのは当然なのでしょう。もちろん、人間が食べちゃっても問題ありませんよ。

聖アントニオってどんな人だったのでしょうか。
紀元251年頃、エジプトで生まれ、二十歳で両親と死別。その後、財産を貧しい人に与え、砂漠に行き苦行もいとわない隠遁生活を送りました。アントニオの説教で改心した者とともに共同生活をしたのが、後の修道院の始まりといわれています。それでも彼は空き足らず、再び修行に励み、356年に105歳の寿命をまっとうしました。
なるほど、だから白いヒゲなのね。
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彼の偉業はイタリアまで伝わり、山深いヴァルネリーナでは、隠遁者がエレモ(祠)を作り住みつきました。だから聖アントニオとヴァルネリーナは切っても切れないのです。そう、この谷の多くの小さな美しい教会に、聖アントニオの姿が描かれているのは、そういうことかもしれません。もしくは、ブタ(ノルチャの生ハム)と関係あるのかな?

そう、ブタを引き連れているのは、中世、麦角菌中毒(別名:聖アントニオの火)がヨーロッパで猛威を振るった際、アントニオ修道会がその治療にあたったことに関係あるそうです。
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修道士たちが治療にブタの油を使ったことから、修道会にブタは不可欠な存在となりました。
また14世紀、フランスのシャルル5世がアントニオ修道会にブタを連れてパリを徘徊する特権を与えたことから、ブタとアントニオ派の修道士の関係はますます深まりました。まさにパトラッシュとネロのような関係ですよね。
そして修道師が喜捨を求めて家庭を訪問した際、子ブタを連れて行った演出が人気爆発。アントニオ修道会と子ブタの訪問は、家に幸運をもたらすポルタ・フォルトゥーナとして歓迎されました。
以下のことから、元祖にさかのぼり聖アントニオ+ブタというシンボルが生まれたと想像できます。


ブタのことをいろいろ調べてきたbutakoなので、聖アントニオには特別な感情をもっています。ブタを研究する我が家にも是非、幸運をもたらしてもらいたいものですよね。

                                                    butako
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by butako170 | 2010-01-21 23:08 | 食と聖人シリーズ
料理教室&グルメツアーのお知らせ
今日は、長年の夢だった料理教室&グルメツアーのお知らせです
いままで1年間かけて準備していたツアーを、
2月28日(日)~3月5日(金)の5泊6日で行うことになりました。

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今までイタリア全土のなかでも地味(滋味)だったウンブリア。

■緑のハートという名称で、さぞ山奥なんでしょうね、というイメージですが、実は丘も多くのどかであること。
■香り高い良質のオリーブオイルと、力強いボディーの赤ワイン、黒トリュフに生ハムが有名で、ジビエも猟師たちによってもたらされるグルメ地帯だったこと。
■まだまだ手作りの食が残っており、誇りをもってチーズやハムが作られていること。
■普通のリタイアしたオジサン、壁塗り職人、学校の先生にいたるまで、なにげにものすごくグルメで、食べることに執着し、自分のこだわりを持っているということ。

食文化が豊かで、自然の山や丘の恵みを享受するウンブリアで、是非、料理教室&グルメツアーに参加しませんか?
私butakoが責任をもってアシスト。
上記2月28日(日)~3月5日(金)は施行が決まりましたが、1名様から行えますので、ご自身の都合の良い日程をお伝えくだされば、ツアーの予定を組むことも可能です。

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詳しくは『ウンブリアの食卓から』料理グルメツアーをご覧下さい。

                                         butako
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by butako170 | 2010-01-19 19:11 | ツアーのお知らせ
JITRAへの連載 1月はノルチャ!
JITRAに掲載している『ウンブリアの風』で、本日、ノルチャの記事が掲載されました。

かの有名なノルチャの生ハムをはじめ、黒トリュフにレンズマメのスープ。。。
ノルチャの街の見所などを掲載したので、是非ご覧下さい。

ヴァルネリーナ渓谷のまんなかにあるノルチャへは、鉄道の駅もなく、スポレートからのバスも一日数本のみ。そんな秘境ともいえるノルチャは、実はbutakoの師匠ジョバンニの生まれ育った街。
なので、butakoも幾度となく足を運びました。

もし、個人旅行でノルチャに行きたい!という方がいれば、是非ご連絡下さい。
昔ながらの方法でチーズを作る酪農家(1)(2)や生ハム作りなど、地元の人でも知らない食の現場へ、お連れしますよ。トランスマンツァ(羊の引越し)の記事(1)(2)もご参考に。


そうそう、現在、ウンブリアグルメツアーの企画を始めています。
もうすぐblogにもその内容が公開できると思いますので、少々お待ちくださいね。

それと平行に、サイト(みんな訪問してね★)の追加情報も載せているところです。
風邪が治ったから、しっかり仕事しないとねぇ。もちろん楽しみながら。

butako
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by butako170 | 2010-01-16 22:15 | 報告
ピサの催しで習字を書く。。。
そういえば、小学校の頃の冬休みの宿題に、『書初め』があったことを思い出しました。
今年はなんと、20年ぶりに書初めを行いましたよ。
ピサのとある催しで、日伊文化交流NPOみらいという友人の主催している団体が、ブース(出店)を出すということで、butakoも先週の土日に参加しました。

相当、咳が止まらなかったのですが、年末に交わした約束を守るために、重い体(年末の食べすぎのせいね)を引きずって出かけてきました~。
でも行ってよかった。すごく楽しかったです。

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(こちらは、フィレンツェから出店した『あじさい』さんの店舗。お香の匂いを興味深そうに嗅ぐお客さん。)

butakoの出店は書道。
イタリア人からリクエストのあった言葉やイタリア人の名前を漢字で書くお仕事です。
出店前に、ことわざや四文字熟語をワードで打ってプリントアウトして、用意周到だったのですが、実際、現地に行くと、「私の名前を漢字で書いて!」っていう人がほとんど。
イタリア人は詩や言葉には、興味ないのね。やっぱり自分こそに興味があるようです。

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さて、どうやって漢字で書くか、といえば、彼らの読み方に漢字の音を当てはめるだけ
たとえば、ダニエラの場合は、陀仁恵羅。
アレッシオの場合は、愛烈士雄など。

そして、意味を言ってあげると(愛情深く、戦士のように勇敢など)、すごく喜んでくれます。

しかし、習字なんて中学校以来やったことがなかったのですが、実際、半紙を前に筆を持つと、書けるものですね。最初はぎこちなかったものの、二日目を終える頃になると、達筆になっていました。
一筆ずつ書くたびに、
「ケ ベッラ!」「ファンタスティコ!」という褒め声が。
私も興に乗って、まるで書道4段の祖父が乗り移ったように、書いていました。
でも、みなさんのジャッジが怖いので、このブログに載せるのはやめておきますネ。
(写真は、NPOみらいのメンバー・中央と、脇を囲む日本好きの来場者)

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ちなみに「とある催し」とは、魔法とファンタジー展。
そこに日本人が出店を認められたのは、まだまだ東端の日本は、ミステリアスな国ということかしら。

実は、ピサに来た本当の目的は、この会館が、来る11月に行うエキスポ・ジャパン開催の候補地になっているので、一度下見しよう…ということだったのです。
でもノリと勢いで参加してみて、イタリア人の熱気に触れ、多少なりとも喜んでもらえて良かった。
日本の他の出展者ともお友達になれたし、良い出会いの場となったことは、言うまでもありません。

ちょっとした日伊文化交流の二日間でした。
(写真は、みらいのメンバーで、butakoからレッスンをうけ、折り紙の鶴を折っているところ。)

あ、butakoの風邪を心配して下さった方、ありがとうございます。
催し初日の午後に、グンと良くなり、今は全快しました★     
            butako                                         
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by butako170 | 2010-01-13 08:08 | 報告
スポレート季刊誌 SpaoLithos.掲載
こんにちは~  ゴホッ★
実は年末から ゴホッ★ 風邪を引いてしまいまして ゴホッ★ゴホッ★ 
咳が止まりませーん!
助けて~ ゴホッ★

大体ここスポレートでもインフルエンザを含めて3、4種類の風邪が流行しています。
butakoがこのたび頂いた風邪は『咳&喉の痛み&微熱』バージョン。
あぁ、きっと年末義母の家の掃除を手伝ったときに、彼女から頂いたものだわ。嗚呼。

困るのは就寝時、寝床に入って、副交感神経にパチッと切り替わる際に、咳が止まらないこと!
おかげで夜眠れずに、朝の6時ごろ寝付く始末。なので、いつも午後12時ごろ起床です。
ま、風邪だから仕方がないか。


さて、おとついのことですが、スポレートに住むジャーナリストの友人イラリアさんが発行する季刊誌"SpaoLithos."にbutakoはある記事を寄稿しました。
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天正遣欧使節団が実は、スポレートにも来ていたという話です。
そう言えば、世界史で習ったかしら…というこの史実。

1585年 カトリックの総本山であるヴァチカンに、なんと日本人の4少年たちが赴いた、という話。
年老いた教皇グレゴリウス13世は、彼らの謁見をどれだけ喜んだことでしょう。
その後、ローマ市民会により、少年たちにはローマ市民権が与えられました。

ヨーロッパ人に東の最果ての日本という国を広く知らしめた出来事でした。

そんな彼らが、ローマの後、スポレートにも立ち寄っていたのです!
そのときの様子を、文献を引用しながら、記事にしました。

咳が止まらない。。。すみません、今日は辛いのでこの辺で。
記事の詳細については、後日載せたいと思います。

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同誌には、フォリーニョでオープンした近代美術館CIACの記事も載っています。
向かって右ページの巨匠ステファノ氏の写真。隣には、わが夫ロベルトも写ってます。
                                                
butako
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by butako170 | 2010-01-08 07:02 | 報告
モンテファルコのカンティーナ  Colle Ciocco
今日は年の瀬に行ったカンティーナの紹介です。

ウンブリアのワイン処モンテファルコにあるカンティーナ『Colle Ciocco コッレ・チョッコ』。
リタイア後の2兄弟が仕切っていると聞いたので、無骨な感じなのかしら…と恐る恐る訪れたのですが、これまたスッゴク居心地の良い&上品なたたずまいのカンティーナでした。

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友人に連れて行ってもらったカンティーナ コッレ・チョッコは、モンテファルコから歩いてでもいける場所にあります。
広い敷地内にはオリーブの木がいっぱい。
いかにも郊外のVillaの雰囲気が漂っています。
そう、ゆったりしていて、豊かで、落ち着くあの感じ。

あいにくの雨模様でしたが、カンティーナの中は、暖炉の火が赤々と灯り、大テーブルには昼食の用意がされていました。
そこに品のよさそうな紳士が二人。
兄のランベルトさんと弟のエリセオさんです。

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私たちを笑顔で迎え、まるで長年の友人のように、さりげなくテーブルへとエスコート。
デグスタッツィオーネの始まりです。

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炭火で焼いたパンも、いい感じで出来上がり。

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それに自家製のオリーブオイルをたっぷりかけて、ブルスケッタに。
シンプルなのにとびきり美味なブルスケッタには、Clarignano Umbria Bianco 2008年を。IGT指定の白ワインは、地元のブドウGrechetto 40%にViogner 50%,そしてChardne10%をブレンドしています。
グレケットの力強さに、ヴィニェル(フランスのブドウ)のエレガントさ、そしてシャルドネの香りが見事に合わさっていて、非常にバランスの良いワインです。

ヴィニェルは、ウンブリアでは滅多に使われない品種。なぜ?と聞いてみたら、ヴェネト州の醸造家の友人のアドバイスで試してみたところ、良かったので採用したのだとか。コッレ・チョッコのオリジナリティを垣間見ました。

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本物のノルチーノ(豚加工人)の作ったコッパとカポコッロ(ロンザ)をつまみながら、モンテファルコ・ロッソ2006年を頂きました。Sangiovese 70%,Sagurantino15%,Merlot15%で、プルーン、さくらんぼ、シナモンなどのスパイスの香り。ベルベットのような滑らかさを、切れの良いタンニンが引き締めている感じ。

そしてメインには、サルシッチャ(ソーセージ)がやってきました。
炭火でじっくりと焼いていて、中がうっすらばら色の最上品。ウンブリアの地の恵みをガツンと堪能するには、サルシッチャが一番です。
それには、サグランティーノ2005年をあわせました。
写真がないのが非常に残念。なんと、撮った写真がぶれちゃったのです。

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強烈なタンニンを程よく甘い干ブドウの糖分が和らげているこちらのパッシートも絶品でした。
ランベルト氏の奥さんお手製のクッキーには、同じサグランティーノのモスト(ブドウ汁)が使われていて、深い味わいを出しています。

地酒には地の食べ物が鉄則・・・なはずですが、サルデーニャ産のペコリーノのスライスがでてきました。
なぜサグランティーノ・パッシートにペコリーノ・サルド?
その疑問に至極当然のように「だって美味しかったから」とエリセオさんが一言。
地元ノルチャのペコリーノでは、塩気が強すぎて、パッシートと喧嘩してしまうのです。

いろいろ試して行き着いたのがペコリーノ・サルド。年4回、生産者がサルデーニャからチーズを届けに来るんですって。

いろんなカンティーナを見たけれど、上質で心地よい空間を作り出しているのが、このオジサマたちだなんて。
さすがイタリアは人材の層が分厚いですねぇ。

                                                 butako
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by butako170 | 2010-01-05 06:19 | イタリアワイン