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サレント半島のレストラン・マッセリア
 
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遅ればせながらサレントの旅日記、再開いたします。
1週間のうち大体"自炊"という、庶民型のヴァカンスを送っておりましたが、やはり地元の料理をきちんと食べたいよね、ということで、行ってきました、マッセリアが営むレストラン。
マッセリアとはかつて地主が住んでいた館で、プーリア独自に発達した農家の邸宅です。小作人を束ねる役目をしたほか、サラセンなどの進入に脅かされていた当時は砦の役割も果たしていました。

ガラティーナの隣町、ガラートネという街の郊外の荒野の真ん中に立つマッセリア『DOGANIERI』。からからに乾いた荒涼とした大地を県道沿いに走っていたら、不意に看板が見えたので、Sさんと「入ってみようか」と訪れました。

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このマッセリアはレストランに改造したもの。
中に入ると、中世後期の建物がそのまま残り、それをうまくリメイクして台所やサロンにしていました。

屋外の席は、井戸のような形をした昔の穀物入れをそのまま残した素朴な庭に、テーブルを置いています。
ここのご主人マルコ・ヴァリォさんに館内を案内してもらう間も、興味シンシンでいろいろと質問をするbutako。
メニューは地元ガラートネの伝統料理。自家栽培の野菜をふんだんに使う料理だといいます。
Sさんもここの雰囲気と料理が気に入ったようなので、さっそく週末の夜の予約を入れました。

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これ、なんと全部アンティパストです。全部で10種類くらいあったかしら。
・プーリアの薪で焼かれた香ばしく目の詰まったパンに新鮮なトマトを載せたブルスケッタ。
・乾燥ソラマメを煮込んでオリーブオイルを垂らしたクレマ・ディ・ファーべ
・ムール貝にパン粉とにんにくをかけて焼いたグラティナート
・発酵したパン生地を油で揚げたピットゥレ
・パルミジャーノ(ナスとトマトソースの重ね焼き)
・ガラートネ風のフリッタータ(卵焼き)             などなど。

どれも野菜中心の前菜で、野生に近いような野菜の濃い味がします。きっとこういうのって、日本人の口には新鮮だろうなぁ、と思いながら農民料理を頬張る私たち。
軽く美しく仕上げられた日本のレストランのイタリア料理は、たとえ○○料理と名うっていても、日本人の趣向に合うように作られているからです。ここのは、素材直球勝負って感じでした。

お供にはネグロマーロ種のブドウで作る微発酵のロゼを。(ちなみにサレントでは白ワインはほとんど飲まず。夏でも13℃以上アルコールのある赤かロゼだそうです)

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そしてプリモ2品。トマトソースのオレッキエッテには、仕上げにペコリーノフレスコが雪のように振りかけられています。もう一品はズッキーニとパンチェッタのクリームソースのタリアテッレ。これもなかなか美味。でもそろそろお腹にこたえてきました。

セコンドは豚肉のグリルとサルシッチャ。このお肉の塊、最初はぶつ切り肉かと思いきや、薄切りの肉を丁寧に巻いてあるものでした。だから一口かじるとホロリと肉が噛みきれるやわらかさ。
ほどよく脂も乗っていてジューシー♪

そしてデザートのスイカと揚げたてのゼッポリ(ドーナツ)がやってきて…。もうお腹がはちきれます!といわんばかりでした。
こんだけ食べて、飲み放題でお代はなんと22ユーロ!
なんて安いの。サレントの健全な食にお腹も心も満ちたりました。

                                                  butako
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by butako170 | 2009-08-27 02:16 | 旅行記
お筝の演奏会 @スポレート
2009年8月22日(土)、スポレートのサン・グレゴリオ教会にて、神奈川県の筝粋会(そうすいかい)のメンバーによるコンサートが行われました。

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当日、会場は満員。地元の観客の熱気に包まれながら、演奏は始まりました。

曲目は
・さくら舞曲
・荒城の月
・琴の調べ
・尺八本曲“鹿の遠音”
・千鳥転生
・ナポレターナ   全6曲です。

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お箏など見たことも聴いたこともない、というイタリア人の好奇心は高まります。
日本伝統のサクラや荒城の月の美しい調べ、また尺八の渋い独特のかすれた音など、どれも彼らを強くひきつけました。皆さん、熱心にじっと聴き入っています。

その上品で息のあったサクラの演奏の際、夫のロベルトは思わず感極まってしまったといいます。日本でのたくさんの思い出が彼の脳裏をかすめたのでしょう。

一方、ナポレターナを箏の音色で聴いた瞬間、butakoは涙が溢れるくらいに感動してしまいました。
会場は一瞬、ドッと沸き上がり、場の空気が変わりました。これまでの演奏が『日本の伝統に対する尊敬』であったものが、ナポレターナを演奏した時、そこに温かい『二つの国の交流』が生まれたのです。

『オ・ソレ・ミオ』『サンタ・ルチア』、『フニクリ・フニクラ』。どのサビの部分も、イタリア人たちは軽く口ずさんでいて、その顔はとっても楽しそう。

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コンサートが終わってからいろんな人の感想を聴きましたが、「感動した」「とても素晴らしかった」「日本のことがこういう形で知れてすごく良かった」と口々に褒め称えていました。

(写真:演奏終了後、楽器を公開してイタリア人に触れてもらったり、説明するメンバーの一人。)

butakoは小学校の頃から、和楽に割りと親しんでいました。
当時、音楽の教員だった大原啓司先生が、日本の楽器やアジアの楽器に対して造詣が深かったためです。日本の音階のことや『八木節』などの民謡や長唄を覚えたりしました。

そして先生が顧問になって筝曲クラブや三味線クラブ、太鼓座を主宰。butakoは太鼓座に所属して(リズム感がすごく悪いのに!)2年間くらい太鼓に親しんだ思い出があります。

そんな幼少の頃の思い出と日伊交流好きという二つの思いから、コンサートの存在を知った瞬間、何かお手伝いをしたいと思っていました。今回は彼らと一部行動をともにさせてもらい、写真を撮ったり、スポレートの街のことを教えてあげたりと、微力ながらお手伝いをさせていただきました。

日伊交流の裏舞台に立ち会えて、とても幸せです。
今後もこういった日本の催しがスポレートでたびたび開催されるように、butakoもなにか行動できたらなぁ、と願います。
                                                     butako
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by butako170 | 2009-08-24 22:00 | 報告
スポレートで筝の演奏会
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concerto di "koto"(コンチェルト・ディ・コト)の大きなポスターを町の掲示板で見たのが先週末のことです。

スポレートで箏の演奏会?
在イタリアの日本大使館と日伊財団、スポレート歌劇団、スポレート市が共催する筝曲のコンサートが8月22日(土)に、サン・グレゴリオ・マッジョーレ教会で行われます。

遠路神奈川からやってくる奏者の方のために、スポレート在住のbutakoは何かお手伝いできないかと、役所やスポレート歌劇団をたずねてみたものの、直接オーガナイズしていないそうで、情報がつかめず。
そうこうしているうちに、知り合いのジャーナリスト経由で、彼らの宿泊するホテルのオーナーと会うことができたのです。

そして直接、奏者の方々にお会いしたのが本日。
なんでもいいから、分からないことがあったら聞いてください、とご挨拶してきました。

スポレートで琴の演奏が行われるなんて、butakoにとってとっても誇らしいことです。
土曜日のコンサートがとても楽しみだなぁ。
                                                     butako
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by butako170 | 2009-08-21 01:17 | 報告
サレントへ再び  ~プチバカンス報告①~
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2005年、レッチェに語学留学のため滞在した5月末から8月半ばまでのことを、昨日のことのように覚えています。
なにせまったくイタリア語が話せなかった、苦痛に満ちた3ヶ月。
反面、何もかもが新しい出来事で、驚きとワクワクに満ちた3ヶ月でもありました。

大の大人が言葉をうまく操れず、意思疎通できない時に思うのは、自分の「無力さ、無能さ」です。
いくら頭では知的で立派なことを考えても、もしくは一同を大爆笑させるユーモアを持っていても、それをうまく伝えられず「アー、ウー」と言っている自分に、嫌気がさしてくるのです。

でも「伝えることができなくでもいいさ。今を楽しめれば」という、あきらめと楽観の境地に到達できたならば、言葉の壁は少しばかり低くなり、無条件に広がるサレントの自然がストレートに感じとれる気がするのです。

 
 
あれから4年。
あのまぶしい煌めく海に囲まれたサレントに帰ってきました。

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今回は4年前に友達になったロサンナの「遊びにおいでよ」という言葉に甘えて、その自宅でお世話になることに。彼女はサレント半島のどまん中にあるガラティーナという街のアパートに住んでいます。
2階建てのアパートの上階を彼らの住居に。
かつて祖父母が住んでいた1階部分を、ゲストハウスとして友人たちに提供しているのです。
ロサンナと夫のパオロのオスピタリティに感謝です!

サレント半島は三方を海に囲まれているため、毎日、違う海に行き、海水浴を楽しみました。
butakoの一番お気に入りの砂浜はtorre de orso(アドリア海)。
ここの白くきめの細かい砂と、エメラルドグリーンの海は、まるで自分が魚になったような気分がするのです。
いつまでも海に浸かって漂っていたいそんな海岸です。

そしてS子さんと「まるで南の島にいるような開放感がある砂浜」として意見が一致したのが、通称「モルディブ海岸」ことtorre san gregorioです。
こちらはサンタ・マリア・レウカ(長靴の一番先端部分)より10kmほど手前に位置するイレニア海の砂浜。

いずれの海でも、パラソルの下でのんびりと体を横たえて、お気に入りの本を読んだり、何もしなかったり(!)します。だいたい3、4時間くらいの滞在でしょうか。

海から帰ると、近くのマーケットでムール貝などを買って、ワイン蒸しにしていただきました。キッチンつきのゲストハウスなので、自炊もできて本当に便利。

そうはいってもせっかくだから地元の料理も食べたいわねぇ。
…ということで、運よくおいしい郷土料理の食べられるスポットを発見しました。
次回はマッセリアでの夕食の様子を報告します!

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by butako170 | 2009-08-20 01:14 | 旅行記
2009年、盛夏のころ。
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butakoも人並みに、フェッラゴースト(8月15日の聖母被昇の天祝日)は休み、結局、サレント半島のS子さんとの休暇の後、どれだけ休んでいるのやらと思いながらも、暑さに逆らうことなく、のんびりと過ごしています。

ナポリの記事は、後日、月間amarenaに掲載されてから、ゆっくりとご覧頂くとしても、サレントの休暇の記事を書こうにも、少し気合が足りない感じです。
特筆すべき、素敵な出来事があったにも関わらず。(思い出が色あせないうちに、書きますので)

思えば、2009年の夏は少し特別なのです。
そう、大事な友を失うことがありまして。。。

butakoのフィレンツェの料理研修時代に知り合ったトラットリア・アッカディの常連で、いつも優しい笑みを絶やさなかった生粋のフィオレンティーナ。
ミーノが穏やかに彼岸へと旅立っていきました。
79歳でした。

アッカディのランチでは、きまって厨房前の席に座り、トシさんの勧める皿をキャンティのテーブルワインとともに、おいしそうに平らげ、食後のグラッパも欠かさなかったミーノ。

夕食は私たちスタッフとともに食卓を囲み、私たちの他愛もない話しを、そばでにこやかに耳を傾けていたミーノ。毎日二度、店にやってくるミーノは、常連というよりも完全にアッカディの一員になっていました。

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神戸新聞でも紹介した、3年前の『イースターの午餐』はまったく笑えました。
二人で作ったコニャックスパゲティ…
ミーノが若い頃よく作ったという自信作(?)のはずだったんだけど、
タマネギを炒め忘れて、あとで投入したものの、それが生のまま残りなんとも嫌な味わい。
最後に香り付けのために加えたコニャックも、アルコール分が飛ばしきれずに、妙な後味を残したっけ。
でもミーノと穏やかにすごしたイースターの午後のことは、今でも忘れがたいものです。

彼の一生について、私は多くのことは知りません。
若いころ、サッカーのフィオレンティーナの選手として活躍し、戦後は通信の仕事をしていた。
個性的な女優のような美しい奥さんをもらい、愛息子をもうけた。
奥さんとは15年くらい前に死別し、息子さんも病気で数年前に失い、猫と二人暮らしだった。


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写真を生涯の趣味とし、古い一眼レフで撮ったたくさんの白黒写真。
とても素人とは思えない彼の美的センスで、風景、人物…どんな被写体も魅力的に切り取っていきました。

そういえば、研修を終えてアッカディを去る前、私も写してくれました。
私に自然な表情を作らせるために、ちょっととぼけて笑いを誘うミーノに、まんまとひっかかって、私は撮影の間中、ずっと笑っていたっけ。

ミーノと最後に会ったのは、今年の1月。
私がサンミニアートのワインの試飲会に行く途中に、フィレンツェに寄った時のことです。
私の出版した本の表紙にミーノの写真が載っていたので、それを見てたいそう喜んでくれました。

そのミーノはもういません。
死の一週間前まで旧友と旅行に出かけ、アッカディで普通に食事し、病院で寝たきりになることもなく、安らかな最後を迎えたそうです。

彼の死を悲しむのは、彼の意に反するような気がするので、
「よく生涯を全うしました。楽しい思い出をありがとう」とだけ、思うことにします。

そして身近に「死」を意識させてくれたことに感謝します。
いつか、それはずっと先かもしれないけど、迎える「死」について、今、考えることで、今日を精一杯生きることができるから。
明日やろう、いつかやろう…と先延ばしにしていた仕事に、すぐに取り掛かれるエネルギーと緊急性を与えてくれるから。

ミーノ、あなたに出会えて本当によかった。

                                                        butako
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by butako170 | 2009-08-18 01:36 | その他
長靴のかかとで、つかの間のヴァカンス
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ナポリの取材が終わって数日後、もうサレントの海辺にのんびりと寝そべっていたbutako.
そう、友人のsachikoさんと、二人で楽しく休暇をとってきました。
サレントはイタリア半島の長靴のかかとの先に位置するプーリア州の風光明媚な地方です。

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夏は美しい海を求めて、イタリア中の人々がヴァカンスに訪れる場所でもあります。
そこでの一週間は、毎日海へ繰り出し、テレビも仕事もない世界でのんびりと過ごしました。

とりあえず、その休暇から帰ったご報告でした~。

                                               butako                                                   
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by butako170 | 2009-08-12 00:39 | 旅行記
南都ナポリから グルメ帰還
お久しぶりです。
酷暑が続く日本、またはイタリアで暮らす皆様、いかがお過ごしでしょうか。

この(クソ!)暑いなか、先週5日間のナポリ取材を終えてきました。
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今回の旅の様子はこんな感じ~。 ↑↑↑

ああ、例のごとく飯記者コンビのbutakoとMaxは、たくさんグルメネタを取材し、たくさん美味しいものを食べてきましたよ。
いったいダイエットはいつになるのやら。
夏バテで食が細くなる?まったくそんな現象とは無縁で、出されたものは、残さずきれいに頂いてきました。

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ナポリの食といえば、
ババやスフォリァテッレなどのドルチェ、はたまた苦味の強いナポリカフェが有名ですよね。

またウマミの凝縮したトマトと水牛の乳で作るモッツァレッラをあわせたかプレーゼ、
はたまた魚介をふんだんに使ったリングイネやスパゲッティなどの乾麺も有名です。

でもやはりナポリっ子の日常食といえばピッツァ。
ナポリピッツァは生地が柔らかくモチモチしていて、トッピングの素材のよさもピカイチな、薪釜で焼くピッツァです。
今回は毎日ピザ屋さんの取材が入っていたため、一日一回はピザを食べていました。
(でもぜんぜん飽きがこなかった!)



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ナポリピッツァの王道といえば、やはりマルゲリータですね。
でも今回はさらにディープなピッツァに遭遇しました。

その名もモンタナーラ。揚げピッツァです。
どうやって作るのかというと、ピッツァ用の生地を油で揚げて、一度取り出し、トマトソース、モッツァレッラ、バジルなどを載せ、薪オーブンで1分ほど熱して仕上げるもの。

揚げたピッツァなんて、脂っこいに違いない…でも「おいしいから食べてみな」と言われ、頬張ってみると
本当だ、独特の触感でまったく油のにおいがしません。すごくおいしい!
あっという間に完食してしまいました。

きけばモンタナーラは、釜焼きピッツァより歴史が古いそう。いわゆるナポリピッツァの元祖といえそうですね。

食の都ナポリを満喫した5日間。
記事を書くのが楽しみだなぁ。
                                              butako170
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by butako170 | 2009-08-03 00:55 | 旅行記