カテゴリ:食と聖人シリーズ( 2 )
聖アントニオとブタ
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1月の聖人といえば聖アントニオでしょう。


でもちょっと待って。聖アントニオといっても、イタリア北部中南部では、指し示す聖人が異なるので注意です。
我々中南部で人気の聖人は、サンタントニオ・アバーテ(Sant’Antonio Abate)と言います。アバーテとは聖職者、大修道院長という意味なので、聖アントニオ大神父さまといったところですね。対する北部で人気なのは、サンタントニオ・ディ・パドバ(パドバのアントニオ聖人)で、これはまったく別の聖人になります。

1月17日は聖アントニオ大神父のフェスタの日。(以降、聖アントニオに省略します)
彼は家畜の守護聖人。彼のフレスコ画を見ると、いつもブタを脇に連れ、先の曲がった杖を持っています。そして白いヒゲを豊かに蓄えた、どっしり構えた容貌が特徴です。

1月17日になると、家畜の守護聖人にあやかって、都市や田舎街の教会は、祝福を受けるために集まった犬や家畜、そしてその飼い主たちでごった返します
都市部の教会前の広場は、飼い主と犬のたまり場になるので、普段見慣れないただならぬ光景にびっくり。思わず足を止めてしまいますね。
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これが田舎街になるとどうか、と言えば、犬を連れて行く人もいるのですが、豚や牛を伴う場合もあります。たとえば、山深いヴァルネリーナ地区の大奥に座すカッシャ(Cascia)という街では、聖アントニオの日には、人と家畜が入り乱れて、町中がお祭り騒ぎ。
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午前中は、司祭を先頭に家畜の行進が行われ、街の教会にたどり着くと祝福を受けます。普段は谷の奥に引込んで静かに暮らす酪農家たちも、わが家畜のための“ハレの日”とばかり、ちょっと誇らしげ。

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また家畜の多くいる村だけど、このようなセレモニーは行わず簡略化している街も多くあります。たとえば、マルケ州のモイエ(Moie)では、聖アントニオの日に教会でお布施と引き換えにパンをもらい、それを我が家の家畜に与えることで、祝福を受けます。
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え?ということは、この丸パンは、教会の正餐式の聖体と同じ?
ちょっと乱暴だなぁ、と思いますが、カトリックである自分たち(神の子とでもいいましょうか)の所有する家畜は、当然神の家畜なわけです。だから聖なるパンを牛やブタが食べるのは当然なのでしょう。もちろん、人間が食べちゃっても問題ありませんよ。

聖アントニオってどんな人だったのでしょうか。
紀元251年頃、エジプトで生まれ、二十歳で両親と死別。その後、財産を貧しい人に与え、砂漠に行き苦行もいとわない隠遁生活を送りました。アントニオの説教で改心した者とともに共同生活をしたのが、後の修道院の始まりといわれています。それでも彼は空き足らず、再び修行に励み、356年に105歳の寿命をまっとうしました。
なるほど、だから白いヒゲなのね。
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彼の偉業はイタリアまで伝わり、山深いヴァルネリーナでは、隠遁者がエレモ(祠)を作り住みつきました。だから聖アントニオとヴァルネリーナは切っても切れないのです。そう、この谷の多くの小さな美しい教会に、聖アントニオの姿が描かれているのは、そういうことかもしれません。もしくは、ブタ(ノルチャの生ハム)と関係あるのかな?

そう、ブタを引き連れているのは、中世、麦角菌中毒(別名:聖アントニオの火)がヨーロッパで猛威を振るった際、アントニオ修道会がその治療にあたったことに関係あるそうです。
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修道士たちが治療にブタの油を使ったことから、修道会にブタは不可欠な存在となりました。
また14世紀、フランスのシャルル5世がアントニオ修道会にブタを連れてパリを徘徊する特権を与えたことから、ブタとアントニオ派の修道士の関係はますます深まりました。まさにパトラッシュとネロのような関係ですよね。
そして修道師が喜捨を求めて家庭を訪問した際、子ブタを連れて行った演出が人気爆発。アントニオ修道会と子ブタの訪問は、家に幸運をもたらすポルタ・フォルトゥーナとして歓迎されました。
以下のことから、元祖にさかのぼり聖アントニオ+ブタというシンボルが生まれたと想像できます。


ブタのことをいろいろ調べてきたbutakoなので、聖アントニオには特別な感情をもっています。ブタを研究する我が家にも是非、幸運をもたらしてもらいたいものですよね。

                                                    butako
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by butako170 | 2010-01-21 23:08 | 食と聖人シリーズ
聖人の食卓① チーズを配る聖人?!
カトリック大国のイタリアは、毎日、聖人の日になっています。
12月25日のキリスト降誕日(クリスマス)をはじめ、11月1日「全聖人の日」(イタリア版お彼岸日で、皆お墓参りをします)など…。365日、誰かの聖人の記念日になっているのです。

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そして聖人は大切な役割を担います。
①ある特定のものを保護する。
目の守護聖人「聖女ルチア」、交通保安官の守護聖人「聖女バルバラ」、拷問中に乳房を切り落とされた「聖女アガタ」は、鐘職人やパン屋の聖人(近代には乳癌患者の守護聖人)など。愛の守護聖人は、かの有名な聖バレンティーノですよね。(写真はマルケ州トレンティーノ市のサンニコーロ教会にある聖ニコロ像)

②イタリアの市町村を保護する。
ローマ市の守護聖人は「聖ピエトロ」と「聖パオロ」、わが町スポレート市は「聖ポンツィアーノ」、イタリアの守護聖人は「聖フランチェスコ」などなど。たとえ人口50人の街でも、守護聖人はいます。

そんなイタリア特有の聖人文化(八百万の神信仰と似てますが)。きっと食べ物とも関わりが深いにちがいない…と思い、聖女にちなむ菓子や、職人を守る聖人など、少し掘り下げてみることにしました。
ちょっと変わった視点で『イタリアの食』を見つめる好機になれば、いいな。
月に一回程度の割合で書いていきたいと思いまーす。

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第一回目のお題は、「チーズの聖人」です。
この聖人との出会いは、食の仕事でパルマのチーズ工房を訪れた時のこと。ほとんどのチーズ工房に、ひげを生やした、ワイルドなオジサンの像が置いてあるな、と思ったのがきっかけでした。

そう、このオジサンが
チーズの聖人「サン・ルーチョ」です。

伝説によると、ルーチョはコモ湖近くの高原で羊飼いをしていました。心優しく、貧しい人を見るたびに、売り物のチーズを施していました。それに腹を立てた雇い主は、彼を解雇すると(当然やん、という気もしますが)、持ち主の領地は枯れてしまいます。

次の雇い主で働き始めたルーチョですが、そこで家畜の数やチーズを増やす奇跡を起こします。それを妬んだ前の雇い主は、彼を連れ出し、殺してしまいます。彼の倒れた所からは清水が湧き出し、その水は病を治すようになりました。不思議なことに、6月12日の聖ルーチョの日になると、湖の水は真っ赤に染まるのだとか。


なるほど。多少つっこみ所のある話ではありますが、チーズを増やすくだりは、パンを増やすキリストに似ていますねぇ。奇跡のパターンって、やはりあるのでしょうか。湖の水の変色は、現在では微生物の影響と言われています。
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彼は、チーズの守護聖人として、ミラノ一体のロンバルディア州で人気を博しました。
パダノ平野伝いのパルマにも、その影響が広がったようです。カザーロ(チーズ職人)たちの信仰の対象となっています。

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そのパルミジャーノ・レッジャーノですが、
料理のアレンジは、自由自在。18ヶ月の長期熟成モノは、かたまりをアチェト・バルサミコに浸して食べるのが、シンプル&最良の食べ方ではないかしら。
トマトソースやトリッパには欠かせないし、ハンバーグにも大さじ1杯入れるとコクが出ます。薄く削ってルッコラを敷いたステーキの上にかけるタリアータは最高ですね。

2年以上熟成させたものは、ラクトーゼが存在しなくなるので、牛乳アレルギーの人にもいいんです。これ、本当ですよ。

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いまや世界中に名が知られ、普及したパルミジャーノ・レジャーノですが、カザーロたちの心のよりどころになるサン・ルーチョの存在はまったくといっていいほど、知られていません。

グルメツアーでパルマのチーズ工房を訪れる機会があれば、柱や入り口近くにひっそりと飾られている「彼」の姿に目を留めてみてはいかがでしょうか。
                                                    粉川 妙
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by butako170 | 2009-12-12 18:04 | 食と聖人シリーズ