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レモンの若葉
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 6月末の渡航を控え、家で原稿を書いていることが多いのですが、庭の緑には心が癒されます。
特にレモンの若葉が、そよ風に気持ちよさそうに吹かれる様子は和みます。
なぜかそこだけ時間がゆっくり流れているような…。

Butakoは6月末、住み慣れた日本を離れ、イタリアへ嫁ぎます。
本当はブログでは言わないつもりだったのですが、隠すことでもないし、私の今の心境も少し綴りたかったので、思い切って公開しますね。

 昼下がり、このレモンの葉を眺めていると「こんな風に実家で過ごすのも、最後だなー」としみじみ思えてきました。24時間、両親と過ごせる最後の時期です。
Butakoにとって、こうして彼らと日常生活を送れることが、今はとても尊く感じます。
今日の昼食に、本場で習ったパゲッティを作ると「有難いなぁ、こんな美味しいパスタ作ってもらえて」と父がとても喜んでくれました。母と畑を世話しながら、もぎたてイチゴをその場でパクリ。赤く染まった歯を見せ、母子で微笑むのでした。

 現在、母はbutakoがあちらでの結婚式(市役所で挙げるほう)に着る礼服を作ってくれています。父はbutakoの神戸新聞用の原稿を校正し、プロの目で指導してくれています。
両親には最後までお世話になりっぱなし。
親孝行らしいことは特に出来なかったなぁ。
しかもこうして遠いところに嫁いでしまうなんて、ちょっぴり申し訳ない。(と言いつつ、取りやめる気はないのだけれど)

 レモンの若葉を見て、両親に対する深い感謝の気持ちが溢れてきました。
レモンの木には、すでに白く可憐な花も付けています。
しかし実が成る頃には、butakoはいません。せめてリモンチェッロの作り方を母butamiに伝授しておくとしましょう。リモンチェッロを飲みながら、健康で夫婦仲良く過ごしていてください。
butakoもブタ川家に負けないくらい、楽しくてオモシロイ家庭を築いていきますから。

                                             butako
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by butako170 | 2007-06-04 19:01 | 報告
レモンの木
 d0033983_21285245.jpgまだ ちと、時期尚早でした。
この内容のブログ、もう少ししたらまたアップします。
読んでなかった方、楽しみにしててね。

                   butako
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by butako170 | 2007-05-23 21:39 | 報告
心機一転
 タイトルと画面を変えてみました。
といってもタイトルの方はマイナーチェンジ。butakoの2年間の休暇はそのままで、
イタリア料理への道→イタリア料理と私 にしてみました。
もう、ステージ終わったしね。でもイタリア料理を完全にマスターしたわけでは
ありません。道は長く険しいのよー。楽しいけど。

 そして、この画面上のイメージを変えるのが、大変でした。
機械オンチのわたくしめには、難易度★★★ですわ。
まず、フォトショップで画像を選び、組み合わせ(これに骨が折れた)、
そしてブログを編集。
 しかし、せっかく綺麗に出来たのに、原本にあったリンクボタン×(butakoのタイトル画面、右上隅にある×)が消せずに・・・。
マニュアルどおりにCSS(プログラム)をいじったのですが、
リンクボタンの言語が分らず、うーーんって感じです。
変に触るとプログラムを破壊しかねないので、そのままにしちゃいました。

 誰か詳しい方、リンクボタンの消し方教えて欲しいなー。
あと、ご意見やアドバイスも、お寄せください。
                                           butako

明日は「スロー風土の食卓から」神戸新聞・夕刊ですよー。
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by butako170 | 2007-05-18 01:07 | 報告
母の作品
 ご存知の方も多いと思いますが、butakoの母:butamiは、洋服の仕立て&リフォームの仕事をしております。日々技術向上のため励んでいます。
本日は完成したばかりの、彼女の最新作を紹介・・・

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 大島紬(おおしま・つむぎ)の生地をリメイクし、綿入れコートにしました。
注目は正面のあわせ部分とポケットにあしらったファンシープリーツ(波模様)と、裾と袖口のシャーリング(縮れ模様)。

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ファンシープリーツはカバンや小物に使う手法ですが、ここではあえて洋服に取り入れました。
シャーリングは、布にいくつもの加工を施す必要があるとこのと。
どちらも、とても手間がかかる作業です。
個性的に仕上がっていて、butami流。

 バックスタイル。中央には、やはりファンシー。
シックな着物地だから、これらの加工が生きてきます。

 そして着心地はバツグン。軽くて温かいよー。






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 こちらは、裏の見返し部分です。反物(着物地)を使って、内側はチラリズム。
とっても粋。

                                        butako
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by butako170 | 2007-03-31 17:01 | 報告
青春の旅 東京へ
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 先週月曜日から金曜日まで、東京に行っていました。
ガーデニング雑誌B社を訪問するためです。結果、原稿を1本書かせてもらえそう。
まずまずの結果に一安心です。

 さて、今回は「青春18切符」を使って旅をしました。稼ぎがほとんどないbutakoにとって、兵庫県-東京の旅費もバカになりません。そこで、この切符の出番。
 今年はJR発足20年記念のため、18切符は8000円の特別価格(5枚つづり)。この旅に2枚使用したから、東京往復3200円也!

 旅の行程ですが、雪の米原を通り抜け、浜松を過ぎ、富士山を眺めながら実に11時間。
乗り換えは7回でした。東海道53次、車窓から楽しみましたよ。
新幹線より速度が遅いので、静岡あたりでは富士山をたっぷり半時間観賞。ちょっと得した気分。

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 今回、東京でお世話になった皆さま、本当にありがとうございました。
新橋のおばんざいの店「わみ」でご一緒しましたMさん、そしてママありがとう。
秋田出身のママが作る温かい家庭料理が、疲れを癒してくれました。
初めて食べる「揚げきりたんぽ」と名物「いぶりがっこ」。

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 いぶりがっことは燻した(いぶり)漬物(がっこ)という意味で、いわゆる燻製にした沢庵です。囲炉裏の煙で燻すので、渋い黄色になってます。スモークの風味がたまりません。

 ●そしてE先生が宇都宮から忙しい合間を縫って、来てくださいました。
2年ぶりの再会。お互い積もった話が尽きません。
 
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 ●イタル・クックでクラスメートだったR子さんと久しぶりに会うことが出来ました。
彼女は3ヶ月間でステージを終え、サンフランシスコへ料理の勉強へ行っていたのです。
帰国後間もない時期、わざわざ時間を作って会ってくれました。

 ●今回3泊もお邪魔しちゃいました、ブタブタ製薬本社に勤めるWさん。
快適なお宿を提供していただき、どうもありがとう。butakoのなんちゃってイタリアンを振舞いましたが、あの後、胃の承知はどう?

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 ●横浜では大阪時代につるんでいたTちゃんにお世話になりました。広々横浜暮らしが羨ましいー。仕事面も充実している様子、さすが!

 ●最後に名古屋で落ち合った切り絵師・俊寛さん、味噌煮込みごっつぁんです。
名古屋の食べ物は塩っ辛いという思い込みを、覆すウマイ味噌煮込みうどんでした。
5月フィレンツェの職人展に出品するため、作品の追い込みです。
がんばれ~。

 あっという間の東京滞在。こーんなにたくさんの友人に助けてもらい、上京することができたのでした。本当にお世話をお掛けしました。でも楽しかった。また行くよ。

                                             butako

今回の収穫:butakoの好きな作家さん島村菜津さんの講演会を拝聴することができました。
島村さんは『スローフードな人生!』(新潮文庫)という本を書き、スローフードを日本に紹介しました。他にも『フィレンツェ連続殺人』や『エクソシストとの対話』などを著すフィクッション作家です。
『バール、コーヒー、イタリア人―グローバル化もなんのその』 (光文社)が発売ホヤホヤ。
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by butako170 | 2007-03-23 21:22 | 報告
お知らせ
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 JITRAにて■"食い倒れ"スローフード留学記
第2回 マルケ州モンテカロットでの晴れときどきブタな田舎暮らし
が2月15日にアップされました。よろしく・どうぞ~★

 新たにメルマガ始めます。2月22日初メルマガ ■痛快イタリア暮らしをアップします。(毎月第2第4木曜日、配信予定)エッセイ書いてまーす★



                                          butako
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by butako170 | 2007-02-21 21:10 | 報告
スローフード播磨に入会
 スローフードという言葉、皆さんはもうご存知ですよね。
土地で取れた食べ物を、土地の料理法で美味しく頂く・・・ということ。butakoが一言で表現すると、こうなります。(詳細は、文末にあります)

 発祥は、イタリアの北部ピエモンテ州のブラ(注:ブタではない!)という街です。
1986年、マクドナルドがイタリアのローマに出店するということで、物議をかもしました。ファーストフード進出による郷土料理の破壊、古い町並みの景観を損なう懸念・・・。
そんなとき田舎町ブラで、スローフードの精神をもつ小さな組織が誕生したのです。
これがスローフード協会の前身です。

 イタリアのスローフード協会に賛同して、日本各地にもスローフード協会の支部がつくられました。コンヴィヴィウムと呼ばれるブランチ(支部)は、全国に約40もあります。
→スローフードジャパン

 さて、スローフードの精神をイタリアで学び、賛同しているbutakoは、こう思います。
スローフードは地元でこそ成し得る活動なんだと
故郷をブタ一倍愛しているbutakoですから、地元のコンヴィヴィウム活動に、興味がないはずはありません。

 そこで、butakoの最寄のコンヴィヴィウム「スローフード播磨」を訪れ、会長の平井さんにお話を聞きに行きました。

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 春の雨降りしきる姫路・・・美しい白鷺城がbutakoをお出迎えです。
平井さんに、スローフード播磨の活動を伺いました。
 現在会員は約60人。月に1回以上の会合を開き、豆腐や味噌、発酵食品を作ったり、シンポジウムを行ったりしています。
また、播磨のうまいもんを発信する会「食・地の座」というのも、スローフードの活動と平行して行っています。農家や酪農家、酒屋など作り手が中心となって、活動しているそうです。
 地元の産業を活性化させるのに、非常に有意義ですよね。

一人では出来ないことも、人が集まり、知恵が集まり、情報が集まることで大きなことができるのです。そして、それは地域を豊かにし、発展させ、人々を幸せにします。
 スローフードの活動は、地元の豊かさを実現させる運動だと、私は思っています。
みなさんは、どうでしょうか?

(写真は、平井さんの営む酒屋さん)

 スローフード運動
 ①消えつつある郷土の料理法や、質の高い食品を守ること。(味の箱舟)
 ②質の高い素材を提供してくれる小規模生産者を守ること。(プレシディオ)
 ③子供たちを含めた消費者全体に、真の味覚の教育を進めること。(食育)

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by butako170 | 2007-02-21 10:51 | 報告
天国のおばあちゃんへ
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 butakoの祖母が亡くなったという知らせを受けたのは、先週の金曜日の夕方のことでした。慌ただしく豚川家一同は荷物を詰め込んで、翌朝一番の電車に乗り、祖母のいる茨城県へと向かったのでした。

 もともと和歌山県日高郡美浜町に住んでいた祖父母たちです。お正月と夏休みには、家族で出かけて、過ごしました。冬はおじいちゃんの自転車の後ろに乗って、よく買い物に連れて行ってもらいました。夏は虫取りや海水浴をして和歌山の自然を満喫しました。
 butakoの兄弟たちだけで出かけ、過ごした夏もあります。その時、おばあちゃんから「梅干は体にええさかい」と言われ、ピンポン球ほどもある自家製の梅干を一度に7つ食べたこともありました。その後ひどい口渇に襲われて、後悔することしきりでしたけど・・・。

そのうち私たちも大人になり、多くの孫がそうであるように、祖父母のいる田舎から疎遠になります。
そして7年前、祖父は胃腸の調子を崩したのをきっかけに、あっけないほど急に逝ってしまいました。何の病みわずらいもなく、潔く天国へ凱旋していったのです。
 一人暮らしの出来ない祖母は、茨城県に住む叔父一家のもとで身を寄せることになったのです。

 祖母は祖父の死後、7年目という節目に天に召されました。式は祖母がクリスチャンであったため、キリスト教式で自宅にて行いました。
 お葬式当日はbutakoとbutakoママはクリスチャンなので、大きな声で賛美歌を歌いました。これが祖母に対する最高の弔いなんだという強い思いをもって。
幼いとき教会に集ったことのある叔父は、豊かな音楽的才能を遺憾なく発揮しアルトのパートを、牧師は腹に響くバスを担当し、美しいハーモニーの即興聖歌隊でもって賛美を捧げました。

 
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 祖母が信仰への道を歩みだしたのは、戦後まもなくです。結婚してわずか2週間後、祖父の元に赤紙が届き、二人は引き裂かれます。でも祖母の腹には新たな生命を宿していました。
それが、butakoの父です。一方祖父は、それを知る由もなく戦い続けていました。ロシア戦線で苦労に苦労を重ね、何度も死の危機に直面しながら。

 ・・・ロシアでの生死は不明、そう通知されてもなお夫の生存を信じ、5年間も待ち続けた祖母。女手一人で乳飲み子を育てるのは、なんと苦労の多かったことでしょう。その時キリスト教に出会い、クリスチャンになったといいます。
そして戦争が終わり3年が過ぎたある日、祖父の帰還の知らせを受けるのでした。

 戦争というあの時代のうねりの中で、よくぞ生き抜いたとbutakoは感心します。家族は引き裂かれ、飢えと孤独と、生命の危険という事態にさらされながら・・・。
 そして祖母の信仰は、息子の嫁(butakoのママ)と孫(butako)によって引き継がれます。親子孫の3代と。若かりしButakoママは祖母を尊敬し、彼女に倣いクリスチャンになりました。Butakoは彼女らをみて育ち、信仰を持つに至ったのです。

 祖母はbutakoたちに信仰という財産を与えてくれました。それは、お金でも土地でもダイヤモンドでもない、永遠の宝です。式の間、butakoの胸には祖母に対する感謝で溢れており、悲しみのかなにも清々しい気持ちが湧き上がっていました。そう「信仰を受け継ぐ」という意味を、心で理解した瞬間でした。

 ありがとう、おばあちゃん。天国でゆっくりと休んでね。
                                                  Butako
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by butako170 | 2007-02-06 21:38 | 報告
20日の午前中帰国しました。
 といっても今回の帰国はちょいと厄介続き。まず、18日ローマは濃霧のため、空港が閉鎖。ルフトハンザを利用していたため、たとえ霧が晴れるのを待っちフランクフルトへ行っても乗り継ぎの便に間に合わないので無理・・・ということで翌日のフライトに振り替えました。Butakoは重いスーツケースを引きずりまた来たスポレートに帰り(ローマで宿を探す元気もお金もなく・・・)翌日出直す羽目になったのです。

 そして19日。チェックインからすべてスムーズに行き、いざ搭乗というところになって、なんとドイツを直撃した嵐により今度はフランクフルト空港はブロック。あちらのコンディションが良くなるまで飛びません・・・とのことで再びガックリ。またしても乗り継ぎ便の関係もあるので「今日も無理かも」とあきらめていたのですが、1時間半後に解除されやっと飛び立つことができました。
そしておしまいに、フランクフルトでの乗り継ぎ時間なんと10分!空港の端から端まであるかと思われるぐらいの長い道のりをひたすらダッシュ!流れる汗を拭きつつなんとか滑り込みセーフ。日本がbutakoの帰国を避けているのか・・・と思わずはいられない出来事でした。
 
 何はともあれ無事帰国です。久々の実家。播磨町。1年半で変わったことと言えば、はす向かいの家が改築したことと、我が家の玄関ブザーが直ったことくらい。
 それでもやはり我が家はいいものですね。
 土産話を家族にしつつ今日はゆっくりと過ごしました。

 パソコンの故障の関係で記事があまりアップできなかったので、少し遡ってスポレートでの滞在の様子を書くことにしましょうか。とりあえず、今日は帰国のご報告まで。

                                             Butako
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by butako170 | 2007-01-20 21:47 | 報告