天国のおばあちゃんへ
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 butakoの祖母が亡くなったという知らせを受けたのは、先週の金曜日の夕方のことでした。慌ただしく豚川家一同は荷物を詰め込んで、翌朝一番の電車に乗り、祖母のいる茨城県へと向かったのでした。

 もともと和歌山県日高郡美浜町に住んでいた祖父母たちです。お正月と夏休みには、家族で出かけて、過ごしました。冬はおじいちゃんの自転車の後ろに乗って、よく買い物に連れて行ってもらいました。夏は虫取りや海水浴をして和歌山の自然を満喫しました。
 butakoの兄弟たちだけで出かけ、過ごした夏もあります。その時、おばあちゃんから「梅干は体にええさかい」と言われ、ピンポン球ほどもある自家製の梅干を一度に7つ食べたこともありました。その後ひどい口渇に襲われて、後悔することしきりでしたけど・・・。

そのうち私たちも大人になり、多くの孫がそうであるように、祖父母のいる田舎から疎遠になります。
そして7年前、祖父は胃腸の調子を崩したのをきっかけに、あっけないほど急に逝ってしまいました。何の病みわずらいもなく、潔く天国へ凱旋していったのです。
 一人暮らしの出来ない祖母は、茨城県に住む叔父一家のもとで身を寄せることになったのです。

 祖母は祖父の死後、7年目という節目に天に召されました。式は祖母がクリスチャンであったため、キリスト教式で自宅にて行いました。
 お葬式当日はbutakoとbutakoママはクリスチャンなので、大きな声で賛美歌を歌いました。これが祖母に対する最高の弔いなんだという強い思いをもって。
幼いとき教会に集ったことのある叔父は、豊かな音楽的才能を遺憾なく発揮しアルトのパートを、牧師は腹に響くバスを担当し、美しいハーモニーの即興聖歌隊でもって賛美を捧げました。

 
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 祖母が信仰への道を歩みだしたのは、戦後まもなくです。結婚してわずか2週間後、祖父の元に赤紙が届き、二人は引き裂かれます。でも祖母の腹には新たな生命を宿していました。
それが、butakoの父です。一方祖父は、それを知る由もなく戦い続けていました。ロシア戦線で苦労に苦労を重ね、何度も死の危機に直面しながら。

 ・・・ロシアでの生死は不明、そう通知されてもなお夫の生存を信じ、5年間も待ち続けた祖母。女手一人で乳飲み子を育てるのは、なんと苦労の多かったことでしょう。その時キリスト教に出会い、クリスチャンになったといいます。
そして戦争が終わり3年が過ぎたある日、祖父の帰還の知らせを受けるのでした。

 戦争というあの時代のうねりの中で、よくぞ生き抜いたとbutakoは感心します。家族は引き裂かれ、飢えと孤独と、生命の危険という事態にさらされながら・・・。
 そして祖母の信仰は、息子の嫁(butakoのママ)と孫(butako)によって引き継がれます。親子孫の3代と。若かりしButakoママは祖母を尊敬し、彼女に倣いクリスチャンになりました。Butakoは彼女らをみて育ち、信仰を持つに至ったのです。

 祖母はbutakoたちに信仰という財産を与えてくれました。それは、お金でも土地でもダイヤモンドでもない、永遠の宝です。式の間、butakoの胸には祖母に対する感謝で溢れており、悲しみのかなにも清々しい気持ちが湧き上がっていました。そう「信仰を受け継ぐ」という意味を、心で理解した瞬間でした。

 ありがとう、おばあちゃん。天国でゆっくりと休んでね。
                                                  Butako
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by butako170 | 2007-02-06 21:38 | 報告
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